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Posted by チェスト at

2011年11月30日

九州教区教師研修会 その四

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)午後2時46分から
8か月19日です。

_梅崎浩二先生(日本基督教団大牟田正山町教会/九州教区総会副議長)より九州教区報告を受けました。

震災関連
_九州教区では東日本大震災対策小委員会を設置しています。地理的に遠い位置にあるので人を送ることより経済的な支援を優先しています。
_また被災地でお働きの教師に休息していただくために九州にお招きして必要であればその教師が牧会する教会に九州教区から教師を派遣することを検討しています。ただいきなりきた教師が牧会をしても被災地の教会の方々が安心して信仰生活ができるかどうか分からないとの意見もあるので思案中です。
_基本的な姿勢は被災地の方々が何も必要とされているか耳を傾けながら考えていくことです。
_阪神淡路大震災のとき子どもたちを阿蘇に招いてキャンプをしたが、同じような取り組みができないか検討しています。
_寒くなり求められるホットカーペート30枚を被災地へ送りました。
九州教区総会
_日程が決定しました。2012年5月3日(木/憲法記念日)・4日(金/みどりの日)。総会議員研修会は5月2日(水)。詳細は未定です。
互助献金
_例年同月の献金額を今年度は下回っています。これから増えていくと思いますが覚えてお献げください。また教会緊急援助金の残額が少なくなっています。必要とされ用いられているのですが献金が少なく収入源がほとんどありません。教会緊急援助金を覚えて指定献金してくださいますようお願いします。
2012年度予算大綱
_2012年度予算大綱が承認されました。緊縮財政を基本としほとんどの教会・伝道所の負担金が増加しないように組まれています。ただし被災地の教団負担金をその他の教区で負担します。このような中で負担を減らす努力がなされていることを覚えていてください。
セクシュアル・ハラスメント特設委員会
_調査に入る事案がありました。調査が既になされセクシュアル・ハラスメントがあったと判断されました。熊本白川教会問題が未解決であるなか非常に残念です。現在調査結果に基づき対応が進められています。

※私なりにまとめていますので、教区の報告がこの通りというわけではありません。飽くまで文責は坂田にあります。

_日本基督教団も九州教区もそれぞれ問題がありますがやはり真摯に向き合い神様のみ声を聞きつつ歩むほかありません。
_セクハラの件は私もとても残念に思います。しかし事が起こりながら被害者が何も言えない状況に置かれることよりは、こうして訴える場が九州教区にあり対応がなされることは以前よりは前進していると思います。
_互いに思いやり学び合いながらより良い教団、教区になっていくことを祈ります頼む。  


Posted by C3 at 18:50Comments(0)牧師日誌

2011年11月30日

九州教区教師研修会 その三

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)午後2時46分から
8か月19日です。

「東日本大震災、その時、その後」
_高田恵継先生(日本基督教団仙台川平教会主任担任教師/東北教区被災者支援センター委員長)より報告をしていただきました。

_スライド用いて震災直後、その後の様子を伺いました。

_身近に起こった死。長く連絡が取れずにいた方とようやく連絡が取れ無事であることを喜ぶとその方は家族を失わわれ火葬場から連絡していると…。知り合いの女性は津波が押し寄せるなか必死に柱にすがりつき赤ちゃんを腕にだき耐えて何とか生き延びたが腕に抱いた赤ちゃんは亡くなっておられた…。先生には身近なところに死を体験された方をもっておられます。スライドで津波の動画を観せていただいているとき近くにおられた先生から「うぅぅぅっ」と声にならない呻きが聞こえてきました。津波の映像は先生にとり具体的に身近にあった命が押し流されている光景であることをひしひしと感じました。

_東北教区で被災者支援活動が始まったのは二日後の13日(日)夜に兵庫から新潟から交通が機能しない状況から支援者きたことからです。阪神淡路大震災、中越地震を経験した所からいち早く動きがありました。被災者支援センターが立ち上がります。活動についてはブログに掲載されてありますので是非そちらをご覧ください。

_先生のお話を聞いて涙が出てきました。もちろん被害の悲惨さもありますが、兎に角必死に懸命に支え合い生きようとする人の姿に触れたからです。

_活動の中で寄り添うことを大切にしておられます。半日掛かりで瓦礫を別な場所に移動した午後に重機がきてあっという間に持ち去って行くのを見たそうです。効率は良くなくゆっくりとしたペースではありながら一人一人が一人一人と出会い寄り添い必要に応えていかれます。最初、自転車で移動していて道路が整備された今も基本移動は自転車でされいるそうです。被害を受けられた方が初めて会う人を受け入れるのは、その人が労して仕えようとする姿勢が見えることによってです。自転車での移動はその象徴です。

_ものすごく大きな山を目の前にしてどんなに先が見えなくても丁寧にそこにいる一人一人の人と向き合われれている働きはこの先目には見えない大きな成果を生むと信じています。私も関心を寄せ続けていきたいと思いを改めて強くしました。

_ただ福島原発の一般人立ち入り禁止区域は何も手がつけられない状況です。今後いつ手がつけられるかの見通しもありません。区域外も放射線量はとても安心できるようなものではありません。けれどもそこに暮らす人々がいます。

_やれることを精一杯やることしか道は残されていません。そんな中、その道を歩んでおられる人々がおられることに関心を寄せずにはおられません。  


Posted by C3 at 18:13Comments(0)牧師日誌

2011年11月30日

九州教区教師研修会 その二

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)午後2時46分から
8か月19日です。

講演2「援助者のためのケア~セルフケアについて」
_「共感性疲労」という言葉は聞きなれない言葉ですが最近取り上げられるようになった概念です。極度にストレスフルなことに間接的にことによる疲労が共感性疲労です。人は他者のストレス体験を聞くことで代理受傷し疲労します。聞いている事柄に似た体験を自分の中に探してその時の感情を呼び起こそうとすることもあります。

_共感性疲労への一番の対処法は疲労を知ることです。話を聞いて疲労してしまっていることに罪悪感を感じることもあります。そうではなく人はこういった場合疲労すると認識することにより疲労を緩和することができます。

_まだ他者の痛みは人である限りすべてを理解することは絶対に不可能だと、また似たような体験をしているとしてもその痛みの根源は一人一人違ったものであることを知ることが大切です。また常に考えるのではなくて考えない時間を持つことを必要です。

_牧師なら牧師同士、自分の関わっていることを話し合い(カンファレンス)できる場があるとよいです。

_また援助者がオーバーワークや極度に疲弊している場合は協働して助け合える体制があれば十分なケアーができます。

_他者の痛みに寄り添うことは大切な働きであると同時に大変な労力を必要とすることです。疲れた場合自身のケアーをしないと結局大切な働きができなくなります。これは一人一人が気をつけることがまず大切ですが個人では限界があります。協力して取り組んでいく必要があると感じました。

_とても素晴らしい講演で聞き入りました。私なりにまとめましたので興味をもたれた方はぜひ関連する情報や書籍で学んでください。  


Posted by C3 at 18:11Comments(0)牧師日誌

2011年11月30日

九州教区教師研修会その一

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)午後2時46分から
8か月19日です。

_11月28日(月)・29日(火)九州教区教師研修会が亀の井ホテル別府店を会場に開催されました。私は久し振りに九州教区の集会に参加させていただきました。
_講師に浜本京子先生(日本バプテスト病院チャプレン/日本基督教団上賀茂教会担任教師)をお迎えしました。
_主題は『チャプレンからみた牧師の病床訪問』~スピリチュアルケアと共感性疲労~です。

_私の主観的な受け止めですがご報告して分かち合えればと思います。

講演1「病を持っている人への援助~病院チャプレンの視点から」
_チャプレンの働きとはその人がその人らしく生きることができるこころへの援助です。患者さんは「ノー」と言える機会がほとんどありません。治療をします、検査をします等、言われるままに受けるしか選択肢がありません。

_チャプレンは患者さんが「ノー」と言えるスタッフです。訪問してもいいですか、と問われたときに、いやいらない、今は必要ないからあとでもう一度訪ねてほしい、など自分の意思を伝えられそれが尊重される、こういう存在自体が患者さんにとって必要なケアになっています。

_病院は身体的・精神的・社会的と三側面のケアをします。病気や痛みに対して治療をします。イライラしたり気分が沈むときはケアーをします。経済的なあるいは復帰などの不安はソーシャルワーカーが相談に乗ります。

_この三つに加えてスピリチュアル(霊的、魂)なケアー、病気になることや入院生活をすることにより、生きている意味を問い始めたり、過去の出来事を悔いたり、今の自分のままでこれからも良いのかと思い悩んだり、健康なときに気にならなかった事柄が頭から離れなくなる場合があります。このような魂の飢え渇きと言える状況に寄り添うケアーも大切です。

_このようなケアーはゆっくりとしたペースで決して急ぎません。患者さんの意思を尊重し自分の意思を押し付けません。また、辛いでしょう、と気持ちを代弁することはせず、私だったら辛いですけれどどうでですか等、「私」を主語にして相手の気持ちを自分が推し量り代弁しません。また医療・治療のアドバイスはもちろん励まさない、教えない、諭しません。患者さんは十分に頑張り考え悩んでいるからです。

_宗教者は病院職員が難しい、患者さんが自身の存在そのものを問い続けることに寄り添うことができます。ある患者さんは誰にも言えないことを宗教者に打ち明けます。人である宗教者ではなく信じることで背後におられる神様に(あるいはそのように思われる存在に)打ち明けているのです。引っかかりを覚え悔いたり思い悩み抱えてきたものを人生の歩みの中で解消し終えたいと人は思うのかもしれません。抱えていたものを下ろすと安らぎを得て体の痛みさえ和らぐこともあります。

_人は自分の命が脅かされたとき自分の存在そのものについて考えます。魂が語り出します。少しずつ少しずつです。この声に耳を傾ける存在があることが人には必要だと思わされました。  


Posted by C3 at 18:11Comments(0)牧師日誌

2011年11月30日

12月メニュー

2月(金)・赤米入りごはん・ぶた汁・コロッケ・大根といりこのサラダ・くだもの

5日(月)・わかめごはん・味噌汁・腹皮のサラダ揚げ・ポテトのおかか和え・くだもの
6日(火)・食パン食パン・ヒレカツ・ジュリアンスープ・ブロッコリー・くだもの・牛乳
7日(水)・ミートスパゲティーパスタ・かぼちゃスープ・くだもの
9日(金)・ゆかりごはん・味噌汁・豚肉と白菜のあんとじ煮・フルーツヨーグルト

12日(月)・味噌煮込ううどん・ごぼうの天ぷら・牛乳・くだもの
13日(火)・食パン食パン・大豆の唐揚・かぼちゃツナサラダ・牛乳・くだもの
14日(水)・サンタクリスマスメニュー お楽しみに音符
16日(金)・カレーライスカレー・グリーンサラダ・福神漬け・牛乳・くだもの  

Posted by C3 at 10:36Comments(0)幼稚園給食メニュー

2011年11月27日

イザヤ書52章1~10節「主の来臨の希望」

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)から
8ヵ月9日です。

待降節第1主日

イザヤ書52章1〜10節
1奮い立て、奮い立て
_力をまとえ、シオンよ。
_輝く衣をまとえ、聖なる都、エルサレムよ。
_無割礼の汚れた者が
_あなたの中に攻め込むことは再び起こらない。
2立ち上がって塵を払え、捕らわれのエルサレム。
_首の縄目を解け、捕らわれの娘シオンよ。
3主はこう言われる。
_「ただ同然で売られたあなたたちは
_銀によらずに買い戻される」と。
_4主なる神はこう言われる。初め、わたしの民はエジプトに下り、そこに宿った。また、アッシリア人は故なくこの民を搾取した。5そして今、ここで起こっていることは何か、と主は言われる。わたしの民はただ同然で奪い去られ、支配者たちはわめき、わたしの名は常に、そして絶え間なく侮られている、と主は言われる。6それゆえ、わたしの民はわたしの名を知るであろう。それゆえその日には、わたしが神であることを、「見よ、ここにいる」という者であることを知るようになる。

7いかに美しいことか
_山々を行き巡り、よい知らせを伝える者の足は。
_彼は平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え
_救いを告げ
_あなたの神は王となられた、と
___シオンに向かって呼ばわる。
8その声に、あなたの見張りは声をあげ
_皆共に、喜び歌う。
_彼らは目の当たりに見る
___主がシオンに帰られるのを。
9歓声をあげ、共に喜び歌え、エルサレムの廃墟よ。
_主はその民を慰め、エルサレムに贖われた。
10主は聖なる御腕の力を
___国々の民の目にあらわにされた。
_地の果てまで、すべての人が
___わたしたちの神の救いを仰ぐ。

〈主の来臨の希望〉
_アドベントに入りました。楽しい日がやってくるのをわくわくした気持ちで過ごすわけです。しかし一方でクリスマスを待つ、救い主の誕生を待つことはもう少し切羽詰まったイメージもあると思います。

_イザヤ書52章はイスラエルの民に奮い立てと励まします。イスラエルの民は長い間、バビロンに囚われの民として過ごしていました。祖国を奪われ外国に連れ去られ屈辱を味わっていることでしょう。そんなおり支配国がペルシアに代わのその王キュロスは囚われの民が祖国へ帰ることを許します。イザヤはこれは神様の導きでありエルサレムに帰って街を再建しようと呼びかけます。

_しかし民の中にはいざとなってバビロンで生活できないわけではないしエルサレムに帰っても無事に生活できる保証はないからとひるんでしまいます。イザヤは神様がチャンスをくださったのだからこれからも神様を頼っていけばよいと励まします。

_私たちは先を見通して安心して生活をするために財を蓄えたり確かな人脈を作ったりします。ともすると自分を曲げてまでも安心を得ようとすることがあります。このような中、見通しがなくとも自分を通して生きてみようと呼びかけているのがイザヤではないかと思います。

_イエス様は社会の底辺であえいでいる人を訪ねられます。そしてこれらの人が顧みられないことに憤られます。本音と建前を使い分け神様に頼っているようで実はそうではなく財力や人脈、権力に頼る人たちを痛烈に批判します。そして十字架にはり付けられ殺されます。イザヤの呼び掛けも人の目には失敗かもしれません。

_しかし、・あなたがこんな生き方をしているのはおかしい。こんなことを認めるくらいならたとえ殺されたっておかしいと言い続ける・と言ってくれる人を待っている人は大勢いるのではないでしょうか。イザヤの時代にも囚われの中で十分生活できる人もいればそうでない人もいたことでしょう。こういった状況は皆が神様の前に正直に生きるなら違う状況になるはずとイザヤは考えたことでしょう。

_クリスマスを待つとき、きっと切羽詰まった状態で、あなたは担いきれない困難を背負わされている助けられるべきだ、と力強く宣言してくれる人を待っている人が大勢いることでしょう。クリスマスを待つときは目に見えるもので安心することだけを考えないで、目に見えないお方が望まれていることに心を澄まして感じ取るときでもあります。ここにはたくさんの希望があることでしょう。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
  


Posted by C3 at 16:42Comments(0)礼拝式報告

2011年11月25日

10月11月12月生まれのお友だちのお誕生会

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)から
8か月14日です。

5人_10月、11月、12月生まれのお友だち5人のお誕生会をしました。るりちゃんお姉さんお兄さんのお友だちからローソクの火を吹き消します。それぞれ6本、5本、4本のローソクの火を消してくれました。なかなか消えなくて1本ずつていねいに消してくれたお友だちもいます。
たかしくん火を吹き消したあとみんなはっきりと名前と一つ増えたお歳を教えてくれます。みんな嬉しそうにしっかりと教えてくれましすグッド
はるひとくん_それぞれのお母さんも壇上にあがってくださりお友だちが産まれたときのお話しをしてくださいます。
ひろきくん_それぞれの誕生物語には違いはあっても生まれきてくれて嬉しかったと思われたことは皆一緒です。なぎさちゃん
_私も皆と会えて嬉しいです。産まれきてくれてありがとうですね頼む
_4月から開園したこひつじ園のお友だちにも12月生まれのお友だちがいます。
お母さんと一緒に_一緒に紹介してお祝いします。
_今回は特別にマギー・ユーコのマジックショーの公演があります。アンコールがあるほど素晴らしいステージに皆酔いしれますパチパチ

_真里先生と智代先生、お母さんが皆で作ってくださったごちそうをいただきます。クリスマスもイエス様の誕生会です。今日のお誕生会みたいに楽しいクリスマスが迎えられますように!  


Posted by C3 at 18:48Comments(0)園長日誌

2011年11月25日

特別支援教育学習会

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)から
8か月14日です。
2011年11月24日(木)

_特別支援学習会が指宿市立柳田小学校であり参加させていただきました。
_鹿児島県立指宿養護学校の河野通堯先生により「子どもの遊びと学習」との内容で講演をお聞きしました。

_小学校に入学すると子どもたちは机を前にイスに座って学習をします。先生の話しを聞き黒板に書かれいることをノートに写したりします。長時間、イスに座って先生の話しに耳を傾け、鉛筆を使い続けることは簡単なことではありません。集中力と根気が必要です。さまざまな能力を身につけていなければなりません。

_このような能力を養うのに幼稚園に通っている子どもたちがしておくとよいことは何でしょうか。
_この答えの一つにジャングルジムや滑り台で遊ぶことが挙げられます。一見それほど関係のないことに思えますがそうではないのです。

_ジャングルジムに登るためには、どこに手を掛け足を掛ければうまく登れるかよく見なければなりません。また腕と足の力も養われますし平衡感覚も身につきます。滑り台もうまく滑るために自然とバランスを保とうとしますし、登ったり滑り降りたりを繰り返すと足腰が鍛えられます。

_小学生に入学したばかりの子どもたちがじっと座っていられない、先生の話しに集中できないことの原因をまず精神面から考えがちです。しかし足腰が弱くバランスをとることが難しければじっと座ることは苦痛でたいへんなことです。平衡感が養われていなければじっと一点を見つめたり文字を目で追っていくことはたいへんな作業になります。肩や肘をしっかりと支えられなければうまく字を書くことは困難になります。

_ジャングルジムや滑り台で遊ぶことは、じっと座って話しを聞くことや文字を目で追ったり書いたりするために必要な能力を見つけるためにはとても効果的な方法なのです。

_小学生になってもじっと座っていられないのは十分に躾られてきたかと問われることが多いですが、見方を変えてみて十分に遊んできたかを問う必要があるのではないか、という視点は目からウロコですビックリ

_睡魔と闘いながらお聞きしましたので、講演の内容をどれだけ伝えられているかは定かではありませんが、とても大切な視点をいただき有意義な学びのときを過ごせました。
_ご飯を食べて行ったのが失敗だったかもしれません困ったな。  


Posted by C3 at 17:32Comments(0)園長日誌

2011年11月22日

中学生交流体験授業

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)から
8か月11日です。

だるまさんが_指宿市立南指宿中学校3年2組のお姉さんお兄さんが聖亜幼稚園へ遊びに来て下さいました。幼稚園のお友だちも大喜びですにっこり。あちこちで思い思いの遊びが始ります。

_だるまさんがころんだ、です。幼稚園のお友だちはなかなかピタッとは止まれません。でもお姉さんお兄さんはそこは優しくて少しはおまけで見逃してくれますグッド

かくれんぼ_かくれんぼ、です。みんな一緒に隠れるとすぐ見つかっちゃいそうですけど、一緒に隠れたいのだから仕方ありませんねウインク

三輪車_三輪車やスケーターにも乗ります。お兄さんも久しぶりに三輪車に乗って楽しそうですUP

砂場_砂場ではお山づくりが始まります。いつもよりはるかに大きな労働力を得てどんどん大きなお山になっていきます。

富士山_今まで見たことがないくらい大きなお山が出来上がりますパチパチ。いつもは大きなお山ができると開聞岳と言っていましたが、この山は富士山ですビックリ

_あっという間に時間が過ぎてお片付けの時間になります。みんなもっと遊びたい様子ですアウチ。でもお片付けもお姉さんお兄さんと一緒だったのでだんだん楽しく片づけてくれます。片づける場所がわからないお姉さんお兄さんに教えてくれるお友だちもいますよチョキ

じゃんけん列車_さよならパーの前に集まって一緒に歌を歌って触れ合います。幼稚園のお友だちと中学生のお姉さんお兄さんがペアーになって、お手てをパチパチと合わせたり方をトントンします。じゃんけん列車もしましす。

プレゼント_お姉さんお兄さんから幼稚園のお友だち一人一人に手作りの布製ボールをいただきます。一所懸命に作ってくださったことが分かるあたたかなプレゼントプレゼントです。

_お姉さんお兄さんが中学校へ帰っていくときは、「また遊びに来てね」「幼稚園来てね」と名残惜しそうです。

_わたしはいつもと違ってそれほど遊びに入らず見守っていて、人と人とが互いに受け入れあう素晴らしさを改めて目にします。こういった体験はどちらにとっても貴重ですね。先生も中学生の先生方も幼稚園の私たちもたくさん学ぶところがあります。たくさんの素敵な笑顔ムフッに出会え嬉しいですね。  


Posted by C3 at 18:09Comments(0)園長日誌

2011年11月20日

エレミヤ書23章1〜6節〈王の職務〉

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)から
8ヵ月9日です。

降誕前第5主日

エレミヤ書23章1〜6節
_1「災いだ、わたしの牧場の羊の群れを滅ぼし散らす牧者たちは」と主は言われる。2それゆえ、イスラエルの神、主はわたしたちの民を牧する牧者たちについて、こう言われる。[あなたたちは、わたしの羊の群れを散らし、追い払うばかりで、顧みることをしなかった。わたしはあなたたちの悪い行いを罰する」と主は言われる。
_3「このわたしが、群れの残った羊を、追いやったあらゆる国々から集め、もとの牧場に帰らせる。群れは子を産み、数を増やす。4彼らの牧する牧者をわたしは立てる。群れはもはや恐れることも、おびえることもなく、また迷い出ることもない」と主は言われる。

5見よ、このような日が来る、と主は言われる。
_わたしはダビデのために正しい若枝を起こす。
_王は治め、栄え、
_この国に正義と恵みの業を行う。
6彼の代にユダは救われ
_イスラエルは安らかに住む。
_彼の名は、「主は我らの救い」と呼ばれる。

〈王の職務〉
_ユダ王国は大国バビロニアと敵対関係にあります。ユダの王は戦うか降伏するか迷います。
_預言者エレミヤの答えは決まっています。ユダはバビロニアに降伏するべきと主張します。力の差が歴然としているなか戦いを長引かせては民に多くの犠牲を出してしまいます。占領されても神様を信じ続ければチャンスがまた巡ってくると励まします。
_ユダの王は民のことを思うか自分自信だけのことを思うか揺れ動いたことでしょう。

_今日は収穫感謝日です。たくさんの野菜や果物が礼拝堂に飾られています。
_もしこの野菜や果物が消えてしまうのは嫌だと食べられずにずっといたらどうなるでしょうか。やがて腐ってしまい誰の役にも立たずに捨てられてしまいます。でも食べられることによって消えてしまうけれども誰かの役に立つことができます。

_神様の想像してくださったものは、そのもの以外の何かに役立つようにお造りくださいました。人も自分が最も大切だとして自己のためだけに生きてもやがてその最も大切な自分の命は消えてしまいます。誰かの幸せのために私は存在しています。幸せになるために私を必要としている人がいます。また私が幸せになるために誰かの存在を必要とします。これが命です。

_エレミヤは正しい王は民のために犠牲になる覚悟が必要であり神様もこのように望んでおられると告げます。主イエス・キリストは真の王です。すべての人のために犠牲になられたからです。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
  


Posted by C3 at 14:31Comments(0)礼拝式報告

2011年11月18日

感謝祭会食

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)から
8か月7日です。

皮むき_今日は感謝祭会食です。みんなが家から持ち寄ったお野菜を切ってカレーライスカレー作りのお手伝いをします。朝幼稚園に来ると荷物を整頓して手を洗いエプロンと三角巾をして準備万端やる気満々ですチョキ

切る_ジャガイモとニンジンはまずピーラーで皮をむきます。ジャガイモはでこぼこしてむきにくいけどみんなていねいに取り組んでくれました。タマネギは手で皮を剥きます。
_包丁は恐いから使わないよって朝言っていたお友だちもみんなが楽しそうに切る様子を見てやってみたお友だちもいたそうですよ。皮を剥いたタマネギ、ニンジン、ジャガイモを包丁で切ります。タマネギは涙を流しながらうるうるみんなそれでも頑張ってくれましたパチパチ。切った野菜は真里先生においしいカレーライスにしてくださいとお願いして渡しました頼む

もも黄色組開店待ち_聖亜商店街。一日目はこひつじグループ(未就園の親子登園)のお友だちが客さんでした。二日目は青組保育参観にきてくださったお母さんおばあさんがお客さんでした。そして本日は二部構成となっております。一部はもも組さんと黄色組さんがお客さんです。お店は青組さんが切り盛りしてくれます。開店待ちの行列ができています。

青組開店待ち_二部は青組さんがお客さんです。お店はもも組さんと黄色組さんが切り盛りです。こちらにも開店待ちの行列ができました。

いただきます_お昼ご飯はみんなが野菜の皮を剥き切った野菜で真里先生が作ってくださったカレーライスをいただきましたにっこり。どこで聞きつけたのかドラゴンボールの悟空も食べに来ていますねウインク。  


Posted by C3 at 19:20Comments(0)園長日誌

2011年11月17日

収穫感謝祭-青組(年長)保育参観・懇談

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)から
8か月6日です。

_青組(年長組)保育参観・懇談をしました。昨日したお店やさんごっこをしました。青組のお友だちのお母さんおばあさんがお客さんで来てくださいました。

_お店が閉店したあと収穫感謝日礼拝をしました。収穫感謝日は「どうぞとありがとうの日」というお話しをしました。お店やさんごっこをするお友だちもお客さんの大人の方たちもみんなニコニコ笑顔でしたにっこり。それはきっとお金をもらうために売る人と手に入れるためにお金を払う人だけに終わらない何かがあるからです。自分が売るものでお客さんが幸せな気持ちになってほしい、お金を払ってはいるけれどお店で働いてくださってありがとうと思う気持ち、こんなプライスレスな思いがスパイスになり効いています。

_「どうぞ」と言って差し出すのは物やサービスだけではなく気持ちのこもった思いであり、「ありがとう」という言葉はお金に添える思いで届ける素敵なお返しです。
_「どうぞとありがとうの日」をお祝いしましょう!

_礼拝のあと、昨日上演したペープサートを来てくださった保護者の皆さんに観ていただきました。

_懇談会では小学校への進学に向けて話をすることでき感謝でした。


_わたしがデジカメを撮っているのを見ていたKくんが「携帯に写真載せてね」ってなんども言うのです。?っと考えたら多分このブログを携帯で観せてもらうんだと理解できました。

_そんなわけでそうぞ!!




_午後は学校法人鹿児島敬愛学園理事会・評議員会で敬愛幼稚園に行ってきました。  


Posted by C3 at 20:46Comments(2)園長日誌

2011年11月16日

せいあ商店街

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)から
8か月5日です。

商店街入口_午前10時。せいあ商店街にあるいろんなお店が開店しました。
_お客様はこひつじグループ(未就園児の親子登園)のお友だちです。
_まずはお金ドルをおろしましょう。というわけで聖亜銀行に入って行員のお姉さんからお金を受け取ります。

食べ物コーナー_アイスクリームアイスクリーム屋さん。フランクフルト、ピザ、たこ焼き屋さんです。お腹の空いたお客さんいらっしゃいませ!

美容院_ヘアーサロン・セイアーです。ここは美を求めるお客様の願いをかなえる魔法のヘアースタイルを提供いたしますキラキラ。手前のスタッフは新人のシャンプー担当です。よろしくお願いしますにっこり

洋服店_コムサ・デ・セイアへようこそ! 輝く個性をファッションシャツにてコーディネートさせていただきます。今は特にサングラスの品揃えが充実しております。

お菓子屋さん_パティシエ・セイアケーキでは和洋を問わずお客様の舌を通して幸せを届ける様々なツイーツをご用意させていただいております。

寿司_聖亜寿司。すぐ前が海という抜群のロケーションで、お客様の目の前でねじり鉢巻できめた板長がその日取れ立ての新鮮なネタで握らせていただきます寿司

_奥から今年度指宿にできたMナルドバーガー、カレー屋「ナマステ」カレー、フラワーギフト・セイア桜です。

青組劇場
_イベントエリアでペープサートが始まりました。出演は今をときめくAGS10+1(エージーエステンプラスワン/AoGumiSan,10kids plus 1teacher)クラッカー。「大きくなったら Our future seem bright. 」

AGS10+1_講演を終え大きな拍手で迎えられるAGS10+1の11人のメンバーです。

またきてね_本日の来場まことに感謝申し上げます。またのお越しを心よりお待ち申し上げます。



※このレポートには多少の脚色が施されています。店名や登場人物名など事実とは異なるところもあります。これは面白くしようという関西人気質の園長がしたことであり悪気はありません。悪しからずご了承ください。  


Posted by C3 at 18:31Comments(0)園長日誌

2011年11月15日

避難訓練-火災

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)から
8か月4日です。

_本日午前10時15分聖亜幼稚園で火災が発生ました。火元は調理室です。という設定での避難訓練を実施しました。
_給食室から真里先生が「火事です」との声が聞こえ同時に非常ベルがなります。私が「火事です。園庭へ避難をしてください」と繰り返し叫びます。子どもたちは上履きのまま園庭へ避難し集まります。秋山さんは消化器を持って火元へ駆けつけ初期消火に努めます。智代先生は119番通報をします。園庭ではクラスごとに点呼がされ全員の無事が私に報告されます。

_火事は起こさないことが大切ですが万が一のときに最も大切である命が失われないように備えをしなければなりません。

放水_避難訓練のあと消防車と救急車を見せていただきました。放水も見せてもらって高くまで勢い良く水が届くのを目の前にしてお友だちは凄〜いと目をキラキラキラキラさせてました。

救急車_救急車の中に乗せていただきました。いろんな機会や器具があり見入っているお友だちがたくさんいましたビックリ。そんな中キティーちゃんも乗っていてましたにっこり救急車車内
_こうやって救急車に乗るのは良いですが病気や怪我をして乗らないように気をつけたいですね。

由子先生_煙の中にも入って行ける空気ボンベとマスクも見せていただきました。ボンベは実際に背負わせてもらってYちゃんも大喜びしてましたグッ

きりん組_消防車の前で記念撮影カメラです。まずはきりん組とこひつじ園のお友だちです。隊員の皆さんも入っていただいてみんなニッコリ笑顔ですにっこり。こひつじ園のSちゃんは隊員の方に抱っこされてご満悦のご様子ですチョキ
うさぎぐみ_うさぎ組さんは「ハイポーズ」のかけ声は「放水始め!」でした。かっこいいかけ声と共に「め」のお口で撮影できましたパチパチ

_指宿消防署の皆様にはお世話になり本当にありがとうございました。また休むことなく指宿市民を守ってくださっていることにも感謝です頼む。  


Posted by C3 at 19:34Comments(0)園長日誌

2011年11月13日

出エジプト記2章1〜10節〈救いの約束(モーセ)〉

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)から
8ヵ月2日です。

降誕前第6主日

出エジプト記2章1~10節
_1レビの家の出のある男が同じレビ人の娘をめとった。2彼女は身ごもり、男の子を産んだが、その子がかわいかったのを見て、三か月の間隠しておいた。3しかし、もはや隠しきれなくなったので、パピルスの籠を用意し、アスファルトとピッチで防水し、その中に男の子を入れ、ナイル河畔の葦の茂みの間に置いた。
_4その子の姉が遠くに立って、どうなることかと様子を見ていると、5そこへ、ファラオの王女が水浴びをしようと川に下りて来た。その間侍女たちは川岸を行き来していた。王女は、葦の茂みの間に籠を見つけたので、仕え女をやって取って来させた。6開けてみると赤ん坊がおり、しかも男の子で、泣いていた。王女はふびんに思い、「これは、きっと、ヘブライ人の子です」と言った。7そのとき、その子の姉がファラオの王女に申し出た。「この子に乳を飲ませるヘブライ人の乳母を呼んで参りましょうか。」
_8「そうしておくれ」と、王女が頼んだので、娘は早速その子の母を連れて来た。9王女が、「この子を連れて行って、わたしに代わって乳を飲ませておやり。手当はわたしが出しますから」と言ったので、母親はその子を引き取って乳を飲ませ、10その子が大きくなると、王女のもとへ連れて行った。その子はこうして、王女の子となった。王女は彼をモーセと名付けて言った。「水の中からわたしが引き上げた(マーシャー)のですから。」

〈救いの約束(モーセ)〉
_モーセが生まれたときエジプトではイスラエル人に男の子が産まれた場合はナイル川に捨てて殺せという法が王によって命じられました。王が移民であるイスラエル人が増えるのを激しく嫌ったからです。
_モーセは世に命を受けた瞬間から歩むべき道が閉ざされています。閉ざされた道を拓いたのはモーセの母が産まれたばかりの彼をかわいいと感じる思いです。こうしてモーセの誕生は隠されます。
_三か月後隠しきれなくなります。母はモーセを籠に入れナイル川の葦の茂みの間に置きましす。再び道は閉ざされます。ですが再び道は拓かれます。水浴びをしていたエジプトの王女が死と直面しているモーセを見てふびんに思う気持ちによって道が見えるようになります。

_やがてモーセはエジプトで重労働に苦しむイスラエルの民をエジプトから脱出し先祖が住んでいたカナンの地へ導きます。民はこの旅の途中幾度も道を見失います。エジプト軍の追っ手が迫りきたとき、渇きに耐えかねたとき、飢えに襲われたとき等です。しかしその都度神様は奇跡を通してカナンへの道を拓かれます。民は再び歩み道を見いだします。

_私たちの人生も同じです。神様を信じているからといって道を見失うことがないわけではありません。困難や担いきれない責任や希望していた未来が得られなかった失望等で歩むべき道を見失います。しかしその都度神様は道を拓いてくださります。私たちに歩みべき道が続いていることに気づかさせてくださいます。それはカナンへの旅で起こったような奇跡かもしれません。モーセの誕生のときに起こった当たり前のありふれた人も思いによってであるかもしれません。

_私たちが道を見失い迷うのは神様が私たちをぐいぐいと引っ張っておられるのではなく私たちの歩みにあわせてくださっているからだと想像します。私たちが立ち止まれば同じように立ち止まられます。違った道に迷い込めば一緒について来てくださいます。もと来た道を戻ることもあるでしょう。そんなときもやはり側にいて共に歩いてくださいます。

_もしかすると前を見て調子良く歩いているときも頭を抱え地面を見つめているときも私は自分一人で歩いていると思っている、あるいは誰と歩いているかなんて考えてもいないかもしれません。でも私たちが歩みべき道を失い困り果てているときふと気配を感じるのです。そして気配のする方へ目を向けると私を見つめるあたたかい神様の眼差しに出会います。そして前をよく見ると道が続いているのが再び見えます。そのうちまた見失うでしょう。

_救いの約束は道を見失わなくなることではありません。失ってもまた見いだせるようにずっと神様が側にいてくださることです。私たちの歩みにそっと寄り添いながら。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
  


Posted by C3 at 21:13Comments(0)礼拝式報告

2011年11月11日

東日本大震災について-家庭教育学級

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)から
8ヵ月です。

_午前10時〜11時30分。
_時遊館CoCCoはしむれ講堂。

_家庭教育学級があり講師に日下部遣志先生をお招きし東日本大震災についてお話しを聞きました。日下部先生は1995年1月17日(火)発生の阪神淡路大震災に西宮市で被災されておられます。その年の4月には西宮市内にある日本基督教団西宮公同教会に伝道師として着任され被災者救援の働きに関われました。
_2011年3月11日(金)東日本大震災発生後、4月25日(月)〜29日(金)日本基督教団九州教区から被災地へ派遣されました。そのときのスライドを見せていただいたりまた災害によって突然人生が一変してしまう現実、また被災者はひとくくりにできるものではなく一人一人違った現実があることを教えていただきました。
_最後にいつ何が起こるか分からないなかで、1日1日を悔いのないよう過ごすことの大切を語ってくださいました。
_東日本から国内では遠い位置にある九州地方でどんな支援ができるのかそれぞれでありますが、人が苦しみと抱えきれないほどの困難を背負って生きておられることを知っているなかで、関わりを持たないのではなくほんの少しでもよいから関わり始めることができればと願っています。川内教会牧師とのぞみ幼稚園園長と多忙な中、日本基督教団九州教区東日本大震災対策小委員会として被災地と九州の架け橋となってくださる先生のお働きに神様のお守りと祝福をお祈りいたします頼む

_個人的なことですが日下部先生は1989年4月に関西学院大学神学部に入学されています。私は遅れること1年後1990年4月に入学し大学の先輩です。居酒屋のバイトを紹介していただいたり神学生(実習生みたいなものです)として通う教会を紹介していただき一緒に教会生活を送ったりさせていただきました。大学生時代に間違いなく一番お世話になり一番一緒に大量にお酒を飲ませていただいた先輩です。このような親しい先輩に講演に来ていただき私自身も阪神淡路大震災に被災しているのですが、8ヵ月ちょうどの日に東日本大震災のことを覚えてときをすごすことができて感謝しています。


_下記のブログは日本基督教団東北教区と奥羽教区が開設しているものです。よろしければチェックしてみてください。
東北教区被災者支援センターブログ
奥羽教区公式ブログ。  


Posted by C3 at 17:40Comments(0)園長日誌

2011年11月08日

創世記12章1〜9節〈神の民野選び(アブラハム)」

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)から
7ヵ月28日です。
2011年11月6日(

聖徒の日(永眠者記念日)
降誕前第七主日

創世記12章1〜9節
_1主はアブラムに言われた。
_「あなたは生まれ故郷父の家を離れ
_わたしが示す地に行きなさい。
2わたしはあなたを大いなる国民にし
_あなたを祝福し、あなたの名を高める
_祝福の源となるように。
3あなたを祝福する人をわたしは祝福し
_あなたをのろう者をわたしはのろう。
_地上の氏族はすべて
_あなたによって祝福に入る。」
_4アブラムは、主の言葉に従って旅立った。ロトも共に行った。
_アブラムは、ハランを出発したとき七十五歳であった。5アブラムは妻のサライ、甥のロトを連れ、蓄えた財産をすべて携え、ハランで加わった人々と共にカナン地方へ向かって出発し、カナン地方へ入った。6アブラムはその地を通り、シケムの聖所、モレの樫の木まで来た。当時、その地方にはカナン人が住んでいた。
_7主はアブラムに現れて、言われた。
_「あなたの子孫にこの土地を与える。」
_アブラムは、彼に現れた主のために、そこに祭壇を築いた。
_8アブラムは、そこからベテルの東の山へ移り、西にベテル、東にアイを望む所に天幕を張って、そこにも主のために祭壇を築き、主の御名を呼んだ。9アブラムは更に旅を続け、ネゲブ地方へ移った。

〈神の民の選び(アブラハム)〉
_アブラムは75歳で神様と約束をする。
_神様がアブラムに求めたのは今まで住み慣れた土地を離れて神様が示される土地へと旅立つこと。神様がアブラムにお与えになると約束されたのは、大いなる国民とすること、祝福し、名を高める祝福の源なること。
_アブラムは神様が仰る通りに旅立っていく。行ったところがどんなところか分からないことはとても不安なこと。アブラムが神様の仰ることを信じて旅立ったことは後の人たちにとって信仰の模範とされる。
_神様はアブラムを祝福する者を祝福すると言われる。アブラムが祝福する者ではない。アブラムの思いではなくアブラムのことを思う者の思いを見られる。アブラムを守ろうする人が神様から守られることにより結果としてアブラムが守られるわけである。

_私たちの歩んで行く先は私たちの思い通りのところであるとは限らない。望まないところ思っても見なかったところへと進むことがある。こんなときにも今いる場所が神様から与えられた場所であると信じることがアブラムが示した信仰である。
_神様は私たちの歩みを守っていてくださる。見えざる御手が私を支えてくださる人を守ってくださる。このようにして私たちは歩みを続けていく。

_この世での歩みのゴールは死である。死というゴールがどんなところなのか私たちは知らない。アブラムのように神様が与えてくださったところと信じて歩んでいくことができるれば希望がある。加えて先にこの世の歩みを終えた方はゴールにいてくださる。私たちはアブラムのように知らない場所へと歩んでいくがアブラムと違いそこに知っている人がいる。私たちが親しくした人とこの世での別れをし送りだすことは、私たちもいずれ行くところで待っている人を得ることでもある。その人は私たちを守る人として神様が祝福された人。あるいは私たちがその人を守る人として祝福を受けていたのかもしれない。
_いずれにしてもどこへ行くのかわからなくとも神様が絶えず守ってくださっていることと待っていてくださる人がいることを信じて希望を持って歩みたい。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988


_本日は先に天に召された38人の方を覚えて65人出席者と礼拝を守ることができました。
_礼拝後、墓前礼拝を持ち3人の方の納骨をしました。  


Posted by C3 at 17:22Comments(0)礼拝式報告

2011年11月05日

創世記3章1〜15節〈堕落〉

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)から
7ヵ月25日です。
二千十一年十月三十日(
降誕前第八主日

創世記3章1〜15節
_1主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。蛇は女に言った。
_「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか。」
_2女は応えた。
_「わたしたちは園の木の果実を食べてもよいのです。3でも、そのの中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから、と神様はおっしゃいました。」
_4蛇は女に言った。
_「決して死ぬことはない。5それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを

〈堕  落〉
_アダムとエバは神さまに食べてはいけないと言われた知恵の木の実を食べます。人が初めて犯した過ちです。知恵の木の実を食べた人は目が開け善悪を知ります。アダムとエバは善悪の木の実を食べた時にはまだ目が開けず善悪を知りません。神様が食べるなと禁じたものを食べたことは過ちですが善悪を知らずにしたことです。善悪を知らないときは何が善いことで何が悪いことか判断できないわけですから罪としては軽いと考えることもできます。
_それでは人は善悪を知るようになりどのようになったでしょうか。第一に裸でいることを恐れます。人は初めアダムとエバ二人で助け合い生きていました。互いに自分を包み隠すことはありません。善悪を知ることにより良いところだけを見せ悪いところは人に隠す関係になりす。
_第二に人は神様に対しても裸を見られることを恐れました。人に対してだけでなく神様に対しても悪いところを隠そうとする関係になります。
_第三に善悪を知り過ちに気づくようになった人はその過ちを認めようとしません。過ちの責任を他に押し付け言い逃れるようになります。アダムはエバにエバは蛇に責任を押し付けます。ことにアダムはエバを神様が一緒になさったと言い放ち暗に神様に責任を押し付けようとさえしています。
_知恵の木の実を人が食べたことは神様との信頼関係を損なう大きな過ちですが、それ以上に善悪を知るようになった人の姿はさらに過ちに満ちています。善悪を知るならば過ちを認め悔い改めることができたはずです。神様に対して心を開いて悪いところも見せられたはずです。他人にも信頼するならば悪いところこそ知ってもらい本当の自分の姿を理解してほしいと願うことができたはずです。
_創世記に描かれている人が過ちの深みへと落ちていく様子は人が成長する姿に似ていると思います。生まれたばかりの赤ん坊は善悪の知ることなどなくただお母さんやお父さんが育ててくれるのに何も自分を包み隠すことなく頼り切っています。信頼しているというより選択肢が一つしかありません。
_成長するにつれ知恵が増していきます。するとやはりアダムとエバのように悪い部分を隠したりごまかそうとするようになります。これは悪い部分を知られると自分が愛されなくなり見捨てられ酷い場合は危害を加えられることもあるのでないかと恐れるからではないでしょうか。
_知恵の木の実を食べた人は善悪を知りました。善悪を知ったとたん善も悪も合わせ持つありのままの姿ではいられなくなりました。
_主イエス・キリストは十字架に掛けられ殺されます。これをお弟子さんたちは人の罪の身代わりとなるためだと宣べ伝えました。このことは善と悪を知った人が悪を切り落とそうとするのに、悪があるからこそそこに主イエス・キリストが手を触れてくださっていると示されます。イエスまさは罪人のために世に来てくださったのです。ありのままの自分を受け入れないことが堕落であれば主イエス・キリストは私たちがありのままでいることを望んで十字架に掛かってくださったのです。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988



_本当に久し振りの礼拝式報告アップですげんなり。先週は交換講壇で鹿児島加治屋町教会で説教をしましたがその原稿を鹿児島加治屋町教会の機関誌を掲載するということでアップすることができました。これを機会にまた投稿できるようにしたいです。  


Posted by C3 at 15:13Comments(0)礼拝式報告

2011年11月04日

小学校交流体験授業

東日本大震災発生から
2011年3月11日(金)から
7カ月24日です。

幼稚園バス_青組さん(年長)が由子先生と私と一緒に指宿市立丹波小学校へ交流体験授業に行きました。あいにくの雨で幼稚園バスに乗って出掛けました。

読み聞かせ
_小学校1年生のお友だちが皆で本の読み聞かせをしてくれました。大迫力ですにっこり

じゃんけん列車
_じゃんけん列車を1年生のお友だちと保育園、幼稚園のお友だちと一緒にしました。とても長い列車になりましたチョキ

ダンス
_でんでんむしむしかたつむり♪の歌に合わせたダンスを教えてもらって皆で踊りました。角出せ! 槍出せ! 頭出せ!のところでは指で頭につのつくってジャンプするんですが、力強い三連ジャンプが繰り出されて盛り上がってましたUP

メダルプレゼント
_最後に1年生のお姉さんお兄さんから手作りのメダルをいただきました。絵と一緒に小学校で待っていますと書かれていたりかわいい後輩が入学してくるのを楽しみにしている気持ちが伝わってきましたグッ

小学校教室
_授業の邪魔にならないように小学校の中を探検させていただきました。きれいで素敵な校舎で廊下側の壁がない教室等私の小学校時代(はるか昔です)とは違いびっくりでしたビックリ。とっても楽しい体験をさせてもらいました。ありがとうございました頼む

_ちなみに由子先生の母校でもあるんですよ。丹波小学校は。
_本題には全く関係ないのですがそんな由子先生、本日ちっちゃいとてもかわいらしいアマガエルと遭遇してびっくりしてひっくりかえるガーンというダジャレみたいな騒ぎを起こしました。
_来年は先生のクラスでアマガエルをオタマジャクシから育てようと園長先生は決意しましたべー。  


Posted by C3 at 21:41Comments(0)園長日誌

2011年11月03日

鹿児島地区信徒大会

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)から
7ヵ月23日です。

鹿児島加治屋町教会礼拝堂_日本基督教団鹿児島地区信徒大会が鹿児島加治屋町教会で開催され出席しました。
_指宿教会からは大人9名と子ども2名で参加できましたにっこり

_私は4月に鹿児島地区に来たばかりなので初めての参加です。信徒大会委員の一員としての参加でもありますのでわくわくとドキドキですウインク

星野正興牧師_講師は星野正興先生です。日本基督教団松崎教会と南豆教会の牧師先生です。

_先生は農村伝道神学校を卒業され教会員が0人の八郎潟教会に使わされ小さな教会と農村に仕えてこられました。
_テーマである「福音宣教の苦悩と喜び」を日記を引用し朗読するというスタイルで分かち合ってくださいました。
_お話をお聞きしながら私が代務をさせていただいていた隈府教会のことを思い浮かべていました。小さな教会でしたが確かに豊かな教会です。大きな癒しを隈府教会で得ました。

火山灰アルト_先生の講演をお聞きし先生と出会い素敵な牧師先生だなあと思いを与えられ、私の未来に励ましと希望を与えられましたグッ

_帰り私の車は火山灰にまみれていましたが、私の心は神さまの恵みに満たされていましたチョキ。  


Posted by C3 at 21:17Comments(0)牧師日誌