2012年10月21日
降誕前第9主日〈創 造〉
東日本大震災発生
2011年3月11日(金)午後2時46分から
1年7か月24日です。
2011年3月11日(金)午後2時46分から
1年7か月24日です。
2012年10月28日(日)
降誕前第9主日
箴言8章1,22~31節
81知恵が呼びかけ
_英知が声をあげているではないか。
22主は、その道を初めにわたしを造られた。
_いにしえの御業になお、先立って。
23永遠の昔、わたしは祝別されていた。
_太初、大地に先立って。
24わたしは生み出されていた。
_深淵も水のみなぎる源も、また存在しないとき。
25山々の基も据えられてはおらず、丘もなかったが
_わたしは生み出されていた。
26大地も野も、地上の最初の塵も
_まだ造られていなかった。
27わたしはそこにいた
_主が天をその位置に備え
_深淵の表に輪を描いて境界とされたとき
28主が上から雲に力をもたせ
_深淵の源に勢いを与えられたとき
29この原始の海の境界を定め
_水が岸を越えないようにし
_大地の基を定められたとき。
30御もとにあって、わたしは巧みな者となり
_日々、主を楽しませる者となって
_絶えず主の御前で額を奏し
31主の造られたこの地上の人々と共に楽を奏し
_人の子らと共に楽しむ。
〈創 造〉
_箴言は私のイメージでは年配の方に好まれる傾向があると思います。そしてその理由が人生についての忠告が内容だからだとにらんでいます。
_経験豊富な方は未熟な若い人に忠告をしたくなります。けれども多くの場合若い人はその忠告を疎ましく思います。それはこのような忠告は体験を通して得られるものであって理屈ではないからでしょう。
_一見このような忠告は余計なお世話に見えますが、私には時間が経ってからではあるけれども効果があると思います。若い人は忠告を聞いても従わないことが多いです。その時点では効果ないように思えます。しかし忠告を受けていれば、実際忠告を聞かずやがて困難にぶつかるときがやってきたとき、あのときそう言えばこんなことを言われていた、と思い出します。そして自分を思って言葉を掛けられていたことや自分が今抱えている困難はかつて先輩がぶつかったものでもあると知るときにそれが力になります。
_天地創造の物語を語る箴言は、人に考えることを浅はかさを示し神さまのみ心の計り知れない深さを伝えます。このことは様々な体験を通してしか受け入れられないことかもしれません。それでもこのみ言葉を聞いていればいつかまざまざと神さまの創造の業を知らされてそれが困難にぶつかっているときだとするときっと力になるはずです。
_伝道にはこういった面があると思います。相手がどう受け止めようととにかく伝えたいと思うなら伝えることです。今、この世界は神さまが造られたんですよ、と言って一体どれほどの人がすぐに頷いてくれるでしょうか。それでも伝えるのです。それが伝道です。
聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
2012年10月15日
聖霊降臨節第21主日〈キリストにある生〉
東日本大震災発生
2011年3月11日(金)午後2時46分から
1年7か月3日です。
2011年3月11日(金)午後2時46分から
1年7か月3日です。
2012年10月14日(日)
聖霊降臨節第21主日
神学校日/伝道献身者奨励日
フィリピの信徒への手紙1章12~30節
112兄弟たち、わたしの身に起こったことが、かえって福音の前進に役立ったと知ってほしい。13つまり、わたしが監禁されているのはキリストのためであると、兵営全体、その他のすべての人々に知れ渡り、14主に結ばれた兄弟たちの中で多くの者が、わたしの捕われているのを見て確信を得、恐れることなくますます勇敢に、御言葉を語るようになったのです。
_15キリストを宣べ伝えるのに、ねたみと争いの念にかられてする者もいれば、善意でする者もいます。16一方は、わたしが福音を弁明するために捕われているのを知って、愛の動機からそうするのですが、17他方は、自分の利益を求めて、獄中のわたしをいっそう苦しめようという不純な動機からキリストを告げ知らせているのです。18だが、それがなんであろう。口実であれ、真実であれ、とにかく、キリストが告げ知らされているのですから、わたしはそれを喜んでいます。これからも喜びます。19というのは、あなたがたの祈りと、イエス・キリストの霊の助けとによって、このことがわたしの救いになると知っているからです。20そして、どんなことにも恥をかかず、これまでのように今も、生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望しています。21わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。22けれども、肉において生き続ければ、実り多い働きができ、どちらを選ぶべきか、わたしには分かりません。23この二つのことの間で、板挟みの状態です。一方では、この世を去って、キリストと共にいたいと熱望しており、この方がはるかに望ましい。24だが他方では、肉にとどまる方が、あなたがたのためにもっと必要です。25こう確信していますから、あなたがたの信仰を深めて喜びをもたらすように、いつもあなたがた一同と共にいることになるでしょう。26そうなれば、わたしが再びあなたがたのもとに姿を見せるとき、キリスト・イエスに結ばれているというあなたがたの誇りは、わたしゆえに増し加わることになります。
_27ひたすらキリストの福音にふさわしい生活を送りなさい。そうすれば、そちらに行ってあなたがたに会うにしても、離れているにしても、わたしは次のことを聞けるでしょう。あなたがたは一つの霊によってしっかり立ち、心を合わせて福音の信仰のために共に戦っており、28どんなことがあっても、反対者たちに脅されてたじろぐことはないのだと。このことは、反対者たちに、彼ら自身の滅びとあなたがたの救いを示すものです。これは神によることです。29つまり、あなたがたには、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことも、恵みとして与えられているのです。30あなたがたは、わたしの戦いをかつて見、今またそれについて聞いています。その同じ戦いをあなたがたは戦っているのです。
〈キリストにある生〉
_困難をものともせずに突き進んでいくか、困難をある程度避けるために思いを曲げるのか…。
_パウロさんは牢獄に捉えられて心配してくれる仲間にむしろ牢獄に入れられるまでに突き進んできたことを喜んでいると言います。
_イエス様の場合は十字架に架けられてしまうまで突き進まれたわけですから、パウロさんはイエス様の歩まれた道を歩んでいる喜びを感じているのかもしれません。
_ワンピースのルフィーも1話でこう言ってます。
「できるかどうかじゃない。なりたいからなるんだ……。海賊王になるって、俺が決めたんだから…… そのために戦って死ねたら、別にいい!」
聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
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2012年10月08日
聖霊降臨節第20主日〈永遠の住み家〉
東日本大震災発生
2011年3月11日(金)午後2時46分から
1年6か月27日です。
2011年3月11日(金)午後2時46分から
1年6か月27日です。
2012年10月7日(日)
聖霊降臨節第20主日
世界聖餐日/世界宣教の日
コリントの手紙二5章1〜10節
51わたしたちの地上の住みかである幕屋が滅びても、神によって建物が備えられていることを、わたしたちは知っています。人の手で造られたものではない天にある永遠の住みかです。2わたしたちは、天から与えられる住みかを上に着たいと切に願って、この地上の幕屋にあって苦しみもだえています。3それを脱いでも、わたしたちは裸のままではおりません。4この幕屋に住むわたしたちは重荷を負ってうめいておりますが、それは、地上の住みかを脱ぎ捨てたいからではありません。死ぬはずのものが命に飲み込まれてしまうために、天から与えられる住みかを上に着たいからです。5わたしたちを、このようになるのにふさわしい者としてくださったのは、神です。神は、その保証として〝霊〟を与えてくださったのです。
_6それで、わたしたちはいつも心強いのですが、体を住みかとしているかぎり、主から離れていることも知っています。7目に見えるものによらず、信仰によって歩んでいるからです。8わたしたちは、心強い。そして、体を離れて、主のもとに住むことをむしろ望んでいます。9だから、体を住みかとしていても、体を離れているにしても、ひたすら主に喜ばれるものでありたい。10なぜなら、わたしたちは皆、キリストの裁きの座の前に立ち、善であれ悪であれ、めいめい体を住みかとしていたときに行ったことに応じて、報いを受けねばならないからです。
〈永遠の住み家〉
_パウロさんという人はイエスさまと出会って、神様が自分のことを愛してくださっていると確信することができました。自分も神様のことを愛していると確信できました。それまではもっと努力しないと駄目だと思っていたのにです。
_それでパウロさんはもう生きて自分のためにこれ以上欲しいものはないと思われたのでしょうか、今すぐにでも死んでもかまわない、いやむしろそれを望むとさせ言われています。
_コリントの教会の人々は以前のパウロさんのようにより有効な生き方を探し求めました。神様により愛され、より愛するためにです。その結果、考えの違いからいがみ合ったり困っている人を思いやる気持ちを失っていました。
_永遠の住み家は神様と共に暮らすところです。神様を採点し裁くお方と考えるか、許し受け止めてくださるお方と考えるかでその場所はずいぶんと違ってきます。
_乱暴な解釈ですが地上の幕屋は結果が求められる世界と仮定します。するとどんなに努力しても強く願っても結果が出ないこともあります。結果を出すことを考えるあまりに大切な願いを捨てて結果の出る願いを優先してしまうことがあるかもしれません。
_わたしたちが地上の幕屋に住み続けるならば結果を出すことが重要であるでしょう。でもやがて永遠の住み家へと移り住むのであればわたしたちの抱く願いは神様が受け取ってくださることになります。神様が結果を出してくださります。ならばわたしたちはより大切な願いを持ち続けることが、もちろん結果が人の目には出そうに思えなくても、生きる上で心を傾けることであるはずです。
_神様が御覧になられるのは結果ではなく、神様がおられることを信じそこに希望をおいて持ち続けた願いです。
聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
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