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Posted by チェスト at

2013年07月21日

聖霊降臨節第10主日〈憐れみの福音〉。

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)午後2時46分から
2年4か月10日です。
2013年7月21日(
聖霊降臨節第10主日
コリントの信徒への手紙二5章14節~6章2節
 514なぜなら、キリストの愛がわたしたちを駆り立てているからです。わたしたちはこう考えます。すなわち、一人の方がすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになります。15その一人の方はすべての人のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです。
 16それで、わたしたちは、今後だれをも肉に従って知ろうとはしません。肉に従ってキリストを知っていたとしても、今はもうそのように知ろうとはしません。17だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。18これらはすべて神から出ることであって、神は、キリストを通してわたしたちを御自分と和解させ、また、和解のために奉仕する任務をわたしたちにお授けになりました。19つまり、神はキリストによって世を御自分と和解させ、人々の罪の責任を問うことなく、和解の言葉をわたしたちにゆだねられたのです。20ですから、神がわたしたちを通して勧めておられるので、わたしたちはキリストの使者の務めを果たしています。キリストに代わってお願いします。神と和解させていただきなさい。21罪と何のかかわりもない方を、神はわたしたちのために罪となさいました。わたしたちはその方によって神の義を得ることができたのです。
 61わたしたちはまた、神の協力者としてあなたがたに勧めます。神からいただいた恵みを無駄にしてはいけません。2なぜなら、
 「恵みの時に、わたしはあなたの願いを聞き入れた。
 救いの日、わたしはあなたを助けた」
と神は言っておられるからです。今や、恵みの時、今こそ、救いの日。

〈憐れみの福音〉
 皆のためにイエス様が支払ってくださったから皆は支払わなくて良いです。おごってもらったわけです。支払ってくださったのはお金ではなく痛みです。皆の痛みを一人で背負われたわけですから壮絶な痛みだったでしょう。わたしたちが受けたものはゆるしです。
 ぜいたくをしたとき、貧困で明日を生きていけるどうかわからない人のことを考えると受けるべき痛み…、自分の良心を裏切ってしまったときに受けるべき痛み…、仲間を裏切ったときの…、自分が弱いと思い知らされたときの…、こんな痛みをイエス様は背負ってくださいました。
 私たちはもっともっと痛むべきなのでしょうか。そうではなく痛もうとするのではなく、皆の痛みを背負ってくださったイエス様のために生きることです。イエス様は周辺に追いやられた人、まわりの人から神様から見捨てられた人と言われ自分もそう思っている人たちと友だちになろうとしてくださいました。イエス様は今も誰かの心の中で働いてくださっています。この働きを応援していくことがわたしたちの生きる道です。本来もっと痛みを覚えなければ…、もっと勇気を出して踏み出さないと…、力をたくわえないと…、そんなふうに思って立ち止まる必要はないです。イエス様は安心して一歩を一緒に踏み出そうと言ってくださっています。
 憐れみは、激しい痛みを受ける、という意味だそうです。福音はわたしたちが痛むことを必要としているのではなく一歩踏み出することを勧めています。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
  


Posted by C3 at 18:17Comments(0)礼拝式報告

2013年07月18日

聖霊降臨節第9主日〈異邦人の救い〉。

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)午後2時46分から
2年4か月7日です。
2013年7月14日(
聖霊降臨節第9主日
ローマの信徒への手紙9章19~28節
919ところで、あなたは言うでしょう。「ではなぜ、神はなおも人を責められるのだろうか。だれが神の御心に逆らうことができようか」と。20人よ、神に口答えするとは、あなたは何者か。造られた者が作ったものに、「どうしてわたしをこのように作ったのか」と言えるでしょうか。21焼き物師は同じ粘土から、一つを貴いことに用いる器に、一つを貴くない器に造る権限があるのではないか。22神はその怒りを示し、その力を知らせようとしておられたが、怒りの器として滅びることになっていた者たちを寛大な心で耐え忍ばれたとすれば、23それも、憐れみの器として栄光を与えようと準備しておられた者たちに、御自分の豊かな栄光をお示しになるためだとすれば、どうでしょう。24神はわたしたちを憐れみの器として、ユダヤ人からだけでなく、異邦人の中からも召し出してくださいました。25ホセアの書にも、次のように述べられています。
 「わたしは、自分の民でない者をわたしの民と呼び、
 愛されなかった者を愛されたものと呼ぶ。
26『あなたたちは、わたしの民ではない』
   と言われたその場所で、
 彼らは生ける神の子らと呼ばれる。」
27また、イザヤはイスラエルについて、叫んでいます。「たとえイスラエルの子らの数が海辺の砂のようであっても、残りの者が救われる。28主は地上において完全に、しかも速やかに、言われたことを行われる。」

〈異邦人の救い〉
 パウロさんはユダヤ人が神さまから選ばられたのと同じように異邦人(=非ユダヤ人)も神さまから選ばれたと言われます。ユダヤ人が偉大ではなくむしろ小さな弱い民族であったからあえて選ばれました。そしてユダヤ人が神さまと共に歩む姿を見て異邦人は神さまと共に生きることを学べるようになさいました。もしユダヤ人が偉大で強い民であれば神さまはそうではない民とは共に歩まれないと人は思うかもしれません。偉大ではない弱いユダヤ人が神さまと共に歩むことをが必要です。
 異邦人の選びは、イエス・キリストが十字架にかかってくださり罪を身代わりに背負ってくださることによる神さまのゆるしの対象としてです。本来、神さまのみ心をないがしろにして罪を犯していたのはユダヤ人です。イエス様を十字架にかけようと企んだのもユダヤ人です。だからゆるしが必要です。異邦人が選ばれることでイエス・キリストの十字架によるゆるしが多くの人へと開かれました。
 異邦人は律法を知りませんし神さまと契約を交わしたわけではありません。それでも神さまを悲しませるがあるかもしれません。神さまにゆるしほしいという気持ちを持つことはあるでしょう。

 ゆるしは単純に責め立てることをしないことでもあります。わたしはそれに加えて仲間から外さないことだと思います。神さまのみ心を言い広め行う仲間を、罪のために追い出したりはしません。異邦人の救いによって仲間が増えました。律法を知らないから割礼を受けていないからと線を引くことがなくなりました。わたしたち教会はやはりどこかで線を引いてしまうことがあります。それでも神さまはわたしたちが引いた線の向こう側で働かれることによって福音の豊かな広がりを示してくださいます。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
  


Posted by C3 at 09:36Comments(0)礼拝式報告

2013年07月14日

おかえりなさい。

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)午後2時46分から
2年4ヶ月3日です。

 7月12日(金)シホ先生が鹿児島に帰って来ました。13日(土)にはせいあまつりに顔を出してくれました。

 私も現地でボランティアしたいです。でもなかなか一歩が踏み出せません。確かに簡単には行けない現実はありますがそれを何とかしようと努力してるとも言えません。

 そんななかで共に働いてきた先生が現地に行きボランティアをしてくださったことは本当に嬉しいことです。またその行動と気持に尊敬します。

 まずは元気に帰ってきてくれて嬉しく思います。またお話しを聞けましたらこちらにも書きたいなと思っています。  


2013年07月08日

聖霊降臨節第8主日〈生活の刷新〉

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)午後2時46分から
2年3か月26日です。
2013年7月7日(
聖霊降臨節第8主日
使徒言行録19章13~20節
1913ところが、各地を巡り歩くユダヤ人の祈禱師たちの中にも、悪霊どもに取りつかれている人々に向かい、試みに、主イエスの名を唱えて、「パウロが宣べ伝えているイエスによって、お前たちに命じる」と言う者があった。14ユダヤ人の祭司長スケワという者の七人の息子たちがこんなことをしていた。15悪霊は彼らに言い返した。「イエスのことは知っている。パウロのこともよく知っている。だが、いったいお前たちは何者だ。」16そして、悪霊にとりつかれている男が、この祈禱師たちに飛びかかって押さえつけ、ひどい目に遭わせたので、彼らは裸にされ、エフェソに住むユダヤ人やギリシア人すべてに知れ渡ったので、人々は皆恐れを抱き、主イエスの名は大いにあがめられるようになった。18信仰に入った大勢の人が来て、自分たちの悪行をはっきり告白した。19また、魔術を行なっていた多くの者も、その書物を持って来て、皆の前で焼き捨てた。その値段を見積もってみると、銀貨五万枚にもなった。20このようにして、主の言葉はますます勢いよく広まり、力を増していった。

〈生活の刷新〉
 ユダヤ人の祈祷師たちがパウロさんたちの真似をして悪霊を追い出してみようとしたが失敗しました。悪霊に取りつかれている人から暴力を受けてひどい目にあいます。取りついている悪霊はイエス様とパウロさんのことを知っていると言います。このような不思議な出来事を目にし耳にした人々は特別な力がパウロさんたちに働いていることを知り驚きます。
 特別な力の存在を知った人が驚いたりその特別な力で自分が困っていることを解決してほしいと願うことは自然な流れです。
 ところがこのような力を知った人で信仰を持とうと決心した人たちがしたことは、「自分たちの悪行をはっきり告白」(使19:18)することでした。イエス・キリストが救い主だと信じた人は自分の内にある悪を自分からばらしました。イエス様に自分の罪を告白することはキリスト教では珍しいことではありません。ですが、信仰を受け入れた人がまず自分の悪いことを告白することは、祝福よりゆるしを強調しているように感じます。信じる人たちもほめられることよりゆるされることをより強く感じているようです。
 ほめられることばかりを気にしていれば良いことだけを見てほしいと思うようになりがちです。ゆるしてほしいと願えばまずはゆるしてもらう悪いことを知ってもらわないといけません。
 また魔術を行なっている人は魔術の書物を人前で燃やしてしまいます。これでは彼らは仕事を失ってしまいます。生活に困るのではないでしょうか。彼らが稼ぐための魔術を捨てたのは、幸せは神さまの恵みでありそれはお金をかせぐことではないと信じたからでしょう。人は宝くじや補償等で突然大金を手にした人の多くが不幸になることがあります。お金さえ手にしたからもう幸せだと思い込むからでしょうか。幸せは互いに思いやり言葉を掛けたり気遣ったり、時に励まし慰め合いながら築いていくものです。神さまのゆるしを信じて自ら自分の悪いことを告白する人たちを見て、魔術でお金を手に入れることを止めようと決心したのでしょう。
 豊かになることを追いかけるのをやめて、ゆるされて生かされていることを忘れないことにしました。ゆるされていることを忘れて豊かになるよりも、豊かさを失ってもゆるされていることを忘れないでありのままの自分が受け入れられていると信じ歩むことが幸いだと知ったからです。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
  


Posted by C3 at 15:46Comments(0)礼拝式報告

2013年07月04日

牡蠣

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)午後2時46分から
2年3か月23日です。

石巻におられるシホ先生。
牡蠣と海苔の養殖のお手伝いをされているそうです。

エマオのブログにも書かれています。↓
http://ameblo.jp/jishin-support-uccj/entry-11565762824.html

牡蠣のいえば広島県ですが宮城県は日本で二番目の生産地なんですね。
それなのに震災後は働き手が不足しているそうです。


牡蠣、美味しいですよね。食べたいです。  


2013年07月01日

仙台市荒浜地区。石巻へ。

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)午後2時46分から
2年3か月20日です。

 シホ先生からメールをいただきましたにっこり
 被害の大きかった仙台市荒浜地区に行かれたそうです。
 もうすぐ2年4か月になろうとしていますが、まだ手付かずのところもあるそうですくすん
 ボランティア活動が心の支え、との被災者の声も聞かれました。慰めや励ましは人と人の間に生まれるのですね。
 震災当初のエマオの荒浜地区の記事をリンクしますね。

 で、そんなシホ先生ですがイントネーションが凄いと皆さんからおほめいただいてるそうですよ。さすが頴娃国人パチパチ ご本人いわく標準語を喋ってるのにですってビックリ
 宮城でもイジラレキャラを生かしておられるみたいですねニヤリ。その調子でボランティアに励んでください。

 明日からは石巻市に行かれます。石巻にはエマオ石巻が設置され活動されています。
 引き続き先生と被災された皆様の歩みが守られますように祈ります頼む。  


2013年07月01日

聖霊降臨節第7主日〈祈  り〉

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)午後2時46分から
2年3か月20日です。
2013年6月30日(
聖霊降臨節第7主日
テモテへの手紙一2章1~8節
21そこで、まず第一に勧めます。願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人々のためにささげなさい。2王たちやすべての高官のためにもささげなさい。わたしたちが常に信心と品位を保ち、平穏で落ち着いた生活を送るためです。3これは、わたしたちの救い主である神の御前に良いことであり、喜ばれることです。4神は、すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられます。5神は唯一であり、神と人との間の仲介者も、人であるキリスト・イエスただおひとりなのです。6この方はすべての人の贖いとして御自身を献げられました。これは定められた時になされた証しです。7わたしは、その証しのために宣教者また使徒として、すなわち異邦人に信仰と真理を説く教師として任命されたのです。わたしは真実を語っており、偽りは言っていません。
 8だから、わたしが望むのは、男は怒らず争わず、清い手を上げてどこででも祈ることです。

〈祈  り〉
 勧める背景には実際はそうはなっていなくて勧める必要があることが多いです。祈りについて「すべての人々のために」ささげることが勧められています。また、「神(様)は、すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおらえ」ることを理由としています。そうしますと、実際には神さまがすべての人を救おうとなさっていることを認めていない人もいた、またそのためにすべての人を祈りに覚えることがなかったと考えられるかもしれません。具体的に王たちや高官のために祈ることが勧められています。こういった人たちは神さまの救いに入れられていないと考えこれらの人のために祈ることなど考えられなかった理由があったのかもしれません。
 仮にこう考えますと、王たちや高官は福音宣教を快く受け入れなかった、あるいは邪魔をしたりして、この場面での信仰者にとって不愉快な存在だった可能性もあります。耐え難い苦痛を味わった人もいるかもしれません。ならば、その人のために祈ることは人としてはとても難しいことです。またその人たちの救いを積極的に認めることも抵抗があるのは当然です。人であれば自分の感情に考えや行動が左右されるものです。
 ですから祈りそのものにも助けが必要です。「わたしたちはどう祈るべきか知りませんが、霊自らが、言葉に表せないうめきをもってとりなしてくださる」(ローマの信徒への手紙8章26節b)とパウロさんは言っています。納得できなことをしなければならないとき(たとえばよく思っていない人のための幸福を願う等)や受け入れがたい現実に直面したときに、さあ祈りましょう、さあ神さまに言いたいことを言ってごらん、と言われたなら言葉が出てこずただ「うぅっ」とうめくしかありません。このうめきこそ祈りです。信じたいと願うことと実際が違うとき人は痛みます。神さまはこのように人が痛んでおられることをご覧になります。そしてずっとこのことを覚えてくださいます。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
  


Posted by C3 at 17:04Comments(0)礼拝式報告