聖霊降臨節第7主日〈生命の回復〉

C3

2012年07月09日 00:03

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)午後2時46分から
1年3か月27日です。

聖霊降臨節第7主日

使徒言行録9章36~43節
_36ヤッファにタビダ――訳して言えばドルカス、すなわち「かもしか」――と呼ばれる婦人の弟子がいた。彼女はたくさんの善い行いや施しをしていた。37ところが、そのころ病気になって死んだので、人々は遺体を清めて階上の部屋に安置した。38リダはヤッファに近かったので、弟子たちはペトロがリダにいると聞いて、二人の人を送り、「急いでわたしたちのところへ来てください」と頼んだ。39ペトロはそこをたって、その二人と一緒に出かけた。人々はペトロが到着すると、階上の部屋に案内した。やもめたちは皆そばに寄って来て、泣きながら、ドルカスが一緒にいたときに作ってくれた数々の下着や上着を見せた。40ペトロが皆を外に出し、ひざまずいて祈り、遺体に向かって、「タビタ、起きなさい」と言うと、彼女は目を開き、ペトロを見て起き上った。41ペトロは彼女に手を貸して立たせた。そして、聖なる者たちとやもめたちを呼び、生き返ったタビタを見せた。42このことはヤッファ中に知れ渡り、多くの人が主を信じた。43ペトロはしばらくの間、ヤッファで革なめし職人のシモンという人の家に滞在した。

〈生命の回復〉
_タビタという名前の女性が死んでしまいます。ヤッファの教会の人たちは大きな悲しみに包まれます。特に稼ぎ手を失って日々の生活に困っている人たちはひときわ大きな衝撃を受けました。タビタはこれらの人たちの苦しみに心を寄せて自分ができることで助けました。ペトロがこのところへ呼ばれてくると、タビタがどれほど優しく思いやり深く接してくれたかを泣きながら教えます。

_死んでしまったタビタはペトロさんが神様の力で生き返らせます。大きな驚きが起こります。

_私は幾つかの死に立ち会いました。どうしてと打ちひしがれる思いを味わうこともあります。もし生き返るものならどんなにそれを願ったことでしょう。死んだ人が生き返ることは多くの死にとって特別なことです。ほとんどの死は生き返ること無くそのままです。

_タビタは生き返りました。それは失われた命が取り戻されたと同時に、ダビタの思いやり等の気持ちに支えられた人たちが感じていた彼女が自分ことを気にかけてくれているという支えが取り戻されました。また神様の力は人が死んだ後も働くことが示されました。

_人は死によって別れることになります。でも生きている間に生まれた思いまで失われるわけではありません。人は大切な人が死んでしまった後もその人のことを覚え続け、その人のことを覚えることによって支えられ続けます。死によって失われるものもあれば失われずに続くものもあります。

_私たちが死んでしまった人のことを覚え続けるように、神様も死んでしまった人のことを生きていた時と同じように愛してくださいっています。神様にとって大切な存在であることは死によって失われるものではなく死を超えて続いていきます。

_生き返りの奇跡は多くの死の中のほんのわずかなものです。そこで示されているのは、神様の思いは死を超えて与え続けられそして人にとっても死を超えて続くものがあることを私たちに教えているように信じます。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

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