降誕節第2主日〈すべての民の救い主〉

C3

2013年01月13日 22:08

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)午後2時46分から
1年10か月2日です。

2013年1月6日(
降誕節第2主日
マタイによる福音書2章1〜12節
21イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、2言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。3これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。4王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。3彼らは言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。
6『ユダの地、ベツレヘムよ、
 お前はユダの指導者たちの中で
 決していちばん小さいものではない。
 お前から指導者が現れ、
 わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』」
 7そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。8そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。9彼らが王の言葉を聞いて出かけると、方法で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。10学者たちはその星を見て喜びにあふれた。11家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。12ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。

〈すべての民の救い主〉
 救い主と呼ばれる方が生まれることはエルサレムの人々にとっては悪いニュースだったようです。利権が絡んでいるのは今と同じです。ヘロデ王は支配国であるローマとうまくやっていくことで地位を守ってきました。エルサレムの人々の中にはそのおこぼれで特をしていた人がいました。人々が待ち望んでいる救い主が来ることは、その場しのぎで今をうまくやってる人にとっては不安でしかありません。

 マタイによる福音書ではイエス様の誕生を祝いにやってくるのは東の方から来た占星術の学者です。イスラエルの民は神様から選ばれていますから外国の人が神様のことを理解するなど思ってもいません。大切にされることはあっても選ばれていないわけですから椅子られるの民こそ神様の御用を果たすと信じていたはずです。また神様のみ声を聞くことを大切にすることから占いなどは不信仰だと考えられていました。イスラエルの救い主の誕生を祝うのに占星術の学者はふさわしくありません。

 ここにメッセージがあると思うのです。イスラエルの救い主であるお方なのに、イスラエルの民ではない者が祝い喜んでいる、これはイスラエルの民が喜んでいないことも示しています。思春期のこどもが親の助けを拒みウザいと言い放つようなイメージをいだきます。神様が罪から人を解放するためにイエス様をこの世にお遣わしくださいました。その愛は受け入れる者へと向かうより激しく拒否し憎しみをぶつけるような者へと向かっているのではないでしょうか。

 東から来た占星術の学者は他国の救い主の誕生をなぜ喜ぶことができたのでしょうか。自らの研究が正しいと確認できたからだけでないと想像します。何かを期待してゴマをすりすり寄る者たちと、権力を振りかざして人を支配し自分に従う者を大切にしそうではないものを捨て去るような現実の中に、そうではない自分ことをウザいと拒む者たちへ深い愛を注ぎ大切にしてくださる神様を知ることにより希望を手にした喜びが学者たちにあふれたと信じます。

 もしかすると底に大きな穴の空いたバケツに水を入れるようなものだと言う人もいるかもしれません。そうかもしれません。神様の愛は尽きることなく注がれるからです。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

礼拝の後恒例の新年お茶会をしました。抹茶をいただきながら新年第1回めの礼拝を祝うことができ嬉しかったです。一期一会、一つ一つの出会いを大切に今年も歩んでいきたいです。
関連記事