降誕節第5主日〈教えるキリスト〉

C3

2013年01月27日 14:41

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)午後2時46分から
1年10か月16日です。

2013年1月27日(
降誕節第5主日
マタイによる福音書5章17〜20節
5
 17
「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。18はっきり言っておく。すべてのことが実現し、天地が消えうせるまで、律法の文字から一点一画も消え去ることはない。19だから、これらの最も小さな掟を一つでも破り、そうするようにと人に教える者は、天の国で最も小さい者と呼ばれる。しかし、それを守り、そうするように教える者は、天の国で大いなる者と呼ばれる。20言っておくが、あなたがたの義が律法学者やファリサイ派の人々の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の国に入ることができない。」

〈教えるキリスト〉
 律法はとても大切です。1文字どころか一文字を作り出す線や点も大切にするべきです。
 このように書いてあります。

 律法は大切だという前提でマタイによる福音書を読みます。すると律法を大切にすることがどのようなことかを教えられます。

 あるとき安息日にイエス様のお弟子さんが麦の穂を摘み手の平で揉んで実を出し食べます。律法では安息日には働いていけないと書いてあります。穂を摘み揉んで実を出すことは働くことになります。これを見ていた人たちはお弟子さんたちが律法を守らないことを非難します。

 律法を守ることは二つの事柄に分けられます。一つは自分の信仰が正しいと他の人に分からせるために守ることです。もう一つは律法を与えてくださった神様のみ心を守ろうとすることです。

 誰が見ても律法を守っていると思われたいなら安息日には働いてはいけません。ましては少し空腹を感じたからといって守らないなどもってのほかです。

 お弟子さんたちはなぜ守らなかったのでしょうか。それは律法を知らなかったからです。
 なぜ知らなかったのでしょうか。それは貧しさや忙しさのためです。律法を学ぶ境遇ではありませんでした。まあ言えば教育のない人だったのです。
 教育のない人が、教育のある人の習慣を知らずにやぶったことを非難する場面です。持つ人が持たない人を見下げています。

 律法が指し示す一字一句を守ることか、それだけでは何の意味もない一点一画ですけれどそこにインクがしみこんでいるのと同じようにしみとおっている神様の思いを大切にしようとすることか、そういうことです。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

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