ペンテコステ〈聖霊の賜物〉

C3

2013年05月19日 21:37

東日本大震災発生
2011年3月11日(金)午後2時46分から
2年2か月8日です。

2013年5月19日(
ペンテコステ
マタイによる福音書12章14〜21節
1214ファリサイ派の人々は出て行き、どのようにしてイエスを殺そうかと相談した。
 15イエスはそれを知って、そこを立ち去られた。大勢の群衆が従った。イエスは皆の病気をいやして、16御自分のことを言いふらさないようにと戒められた。17それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。
18「見よ、わたしの選んだ僕
 わたしの心に適った愛する者。
 この僕にわたしの霊を授ける。
 彼は異邦人に正義を知らせる。
19彼は争わず、叫ばず、
 その声を聞く者は大通りにはいない。
20正義を勝利に導くまで、
 彼は傷ついた葦を折らず、
 くすぶる灯心を消さない。
21異邦人は彼の名に望みをかける。」

〈聖霊の賜物〉
 葦はもともと細くすぐ折れてしまいます。傷ついた葦であれば何もしないでも折れてしまうかもしれません。ロウソクの灯も風が吹けば簡単に消えてしまします。かろじで芯が赤くくすぶっているぐらいであればほうっておけば消えてしまうでしょう。霊を受けた人は傷ついた葦もくすぶる灯心も消すことなく正義を伝えます。
 正義を主張するとき私たちはつい声高になります。相手の怒りをかうことや反対に相手を傷つけ気力を奪うこともあります。自分が正しく相手は間違っているとしか伝わらなければ、相手は自分の考えを絶対に変えたくないと思うでしょう。こういうことはよくあります。
 かと言ってイエス様が厳しい態度をとられることがなかったわけではありません。優しく接するか厳しく接するかではなく、相手を攻撃しているのか説得しているのかの違いが大切です。正しくあるために間違っている相手をねじ伏せるのではなく、正しくあるために相手の協力が必要だから協力していくれるように説得するのです。
 しかし人は違う考えの人をすぐに攻撃してしまいます。どこかに線を引きこちら側とあちら側と分けます。
 霊を受け霊の力でこの線をなくすことが人にできると信じます。私たちは一人一人考え方が違います。明白な線が引けると思うのは私たちの思い上がりでしかありません。

 
聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

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