2013年06月27日
聖霊降臨節第6主日〈主にある共同体〉
東日本大震災発生
2011年3月11日(金)午後2時46分から
2年3か月16日です。
2011年3月11日(金)午後2時46分から
2年3か月16日です。
2013年6月23日(日)
聖霊降臨節第6主日
日本基督教団鹿屋伝道所応援説教
使徒言行録4章32~37節日本基督教団鹿屋伝道所応援説教
432信じた人々の群れは心も思いも一つにし、一人として持ち物を自分のものだと言う者はなく、すべてを共有していた。33使徒たちは、大いなる力をもって主イエスの復活を証しし、皆、人々から非常に好意を持たれていた。34信者の中には、一人も貧しい人がいなかった。土地や家を持っている人が皆、それを売っては代金を持ち寄り、35使徒たちの足もとに置き、その金は必要に応じて、おのおのに分配されたからである。36たとえば、レビ族の人で、使徒たちからバルナバ
〈主にある共同体〉
「教会」って一体どんなところなんだろう、という疑問に対して本日の聖書の言葉は一つの解答を与えてくれます。「自分のものだ」ということにこだわらずに、必要な人の手に渡るのならば喜んで財産を手放します。だから必要が満たされない貧しい人など信者には一人もいませんでした。
イエス様を宣べ伝え、地域の人からは好意を持たれていました。
こんなふうに聞くと牧師である私でさえ(牧師であるからこそ)こんな教会が本当に実在するの? と思ってしまいます。どこを見回してもこんな教会は見当たりませんしあったとしても全体からすればわずかです。
ここで示されるのは「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい(マルコによる福音書1章15節)」とのイエス様の言葉です。伝道を始められたときの第一声です。簡単な表現で言えば「待ち時間は終わりましたよ。神さまが支配される国がここで実現されようとしています。今までの考え、つまり今は待っているときで神さまの支配はまだ見えてこない、との考えを改めて神さまが支配される国が実現しようとしていることを信じて、嬉しい知らせを受け取りましょう」という感じでしょうか。
この言葉も今日の聖書の言葉と同じ感想を持ちます。悲しいニュースがあふれています。暴力や貧困に苦しんでいる人にのべられる救いの手はほんのわずかです。神さまの支配される国をいつまで待てばいいのでしょうか。こんな現状で、「時は満ち、神の国は近づいた」なんてどうして信じられるでしょう。神さまの支配が始まる希望をもって嬉しい知らせを受け取るなんてどうすればできるでしょうか。
あまりに現状とかけ離れすぎている
そう思いたくなります。
これは見える力だけで判断するからこうなるのだろうと思います。聖書は見えない力が働いていることを知っています。神さまの助けが見えはしないけれども確かに働いているとするならば信仰者は理想を追い続けます。現状がどのようなものであっても、できっこない、こんな小さな力では何の役にも立たない、とにかくいろいろな理由をつけて現状を受け入れる他仕方のないことだとあきらめて何もしないわけにはいかないのです。
イエス様の十字架の死は私たちの罪のゆるしのためです。なぜわたしたちはゆるされる必要があるのでしょうか。それはゆるしを受けてイエス様の業に参加するためではないでしょうか。
教会はたとえ現状がどうであっても主にある共同体です。
聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
Posted by C3 at 10:42│Comments(0)
│牧師日誌