2011年11月13日
出エジプト記2章1〜10節〈救いの約束(モーセ)〉
東日本大震災発生
2011年3月11日(金)から
8ヵ月2日です。
2011年3月11日(金)から
8ヵ月2日です。
降誕前第6主日
出エジプト記2章1~10節
_1レビの家の出のある男が同じレビ人の娘をめとった。2彼女は身ごもり、男の子を産んだが、その子がかわいかったのを見て、三か月の間隠しておいた。3しかし、もはや隠しきれなくなったので、パピルスの籠を用意し、アスファルトとピッチで防水し、その中に男の子を入れ、ナイル河畔の葦の茂みの間に置いた。
_4その子の姉が遠くに立って、どうなることかと様子を見ていると、5そこへ、ファラオの王女が水浴びをしようと川に下りて来た。その間侍女たちは川岸を行き来していた。王女は、葦の茂みの間に籠を見つけたので、仕え女をやって取って来させた。6開けてみると赤ん坊がおり、しかも男の子で、泣いていた。王女はふびんに思い、「これは、きっと、ヘブライ人の子です」と言った。7そのとき、その子の姉がファラオの王女に申し出た。「この子に乳を飲ませるヘブライ人の乳母を呼んで参りましょうか。」
_8「そうしておくれ」と、王女が頼んだので、娘は早速その子の母を連れて来た。9王女が、「この子を連れて行って、わたしに代わって乳を飲ませておやり。手当はわたしが出しますから」と言ったので、母親はその子を引き取って乳を飲ませ、10その子が大きくなると、王女のもとへ連れて行った。その子はこうして、王女の子となった。王女は彼をモーセと名付けて言った。「水の中からわたしが引き上げた(マーシャー)のですから。」
〈救いの約束(モーセ)〉
_モーセが生まれたときエジプトではイスラエル人に男の子が産まれた場合はナイル川に捨てて殺せという法が王によって命じられました。王が移民であるイスラエル人が増えるのを激しく嫌ったからです。
_モーセは世に命を受けた瞬間から歩むべき道が閉ざされています。閉ざされた道を拓いたのはモーセの母が産まれたばかりの彼をかわいいと感じる思いです。こうしてモーセの誕生は隠されます。
_三か月後隠しきれなくなります。母はモーセを籠に入れナイル川の葦の茂みの間に置きましす。再び道は閉ざされます。ですが再び道は拓かれます。水浴びをしていたエジプトの王女が死と直面しているモーセを見てふびんに思う気持ちによって道が見えるようになります。
_やがてモーセはエジプトで重労働に苦しむイスラエルの民をエジプトから脱出し先祖が住んでいたカナンの地へ導きます。民はこの旅の途中幾度も道を見失います。エジプト軍の追っ手が迫りきたとき、渇きに耐えかねたとき、飢えに襲われたとき等です。しかしその都度神様は奇跡を通してカナンへの道を拓かれます。民は再び歩み道を見いだします。
_私たちの人生も同じです。神様を信じているからといって道を見失うことがないわけではありません。困難や担いきれない責任や希望していた未来が得られなかった失望等で歩むべき道を見失います。しかしその都度神様は道を拓いてくださります。私たちに歩みべき道が続いていることに気づかさせてくださいます。それはカナンへの旅で起こったような奇跡かもしれません。モーセの誕生のときに起こった当たり前のありふれた人も思いによってであるかもしれません。
_私たちが道を見失い迷うのは神様が私たちをぐいぐいと引っ張っておられるのではなく私たちの歩みにあわせてくださっているからだと想像します。私たちが立ち止まれば同じように立ち止まられます。違った道に迷い込めば一緒について来てくださいます。もと来た道を戻ることもあるでしょう。そんなときもやはり側にいて共に歩いてくださいます。
_もしかすると前を見て調子良く歩いているときも頭を抱え地面を見つめているときも私は自分一人で歩いていると思っている、あるいは誰と歩いているかなんて考えてもいないかもしれません。でも私たちが歩みべき道を失い困り果てているときふと気配を感じるのです。そして気配のする方へ目を向けると私を見つめるあたたかい神様の眼差しに出会います。そして前をよく見ると道が続いているのが再び見えます。そのうちまた見失うでしょう。
_救いの約束は道を見失わなくなることではありません。失ってもまた見いだせるようにずっと神様が側にいてくださることです。私たちの歩みにそっと寄り添いながら。
聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
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