2011年11月27日
イザヤ書52章1~10節「主の来臨の希望」
東日本大震災発生
2011年3月11日(金)から
8ヵ月9日です。
2011年3月11日(金)から
8ヵ月9日です。
待降節第1主日
イザヤ書52章1〜10節
1奮い立て、奮い立て
_力をまとえ、シオンよ。
_輝く衣をまとえ、聖なる都、エルサレムよ。
_無割礼の汚れた者が
_あなたの中に攻め込むことは再び起こらない。
2立ち上がって塵を払え、捕らわれのエルサレム。
_首の縄目を解け、捕らわれの娘シオンよ。
3主はこう言われる。
_「ただ同然で売られたあなたたちは
_銀によらずに買い戻される」と。
_4主なる神はこう言われる。初め、わたしの民はエジプトに下り、そこに宿った。また、アッシリア人は故なくこの民を搾取した。5そして今、ここで起こっていることは何か、と主は言われる。わたしの民はただ同然で奪い去られ、支配者たちはわめき、わたしの名は常に、そして絶え間なく侮られている、と主は言われる。6それゆえ、わたしの民はわたしの名を知るであろう。それゆえその日には、わたしが神であることを、「見よ、ここにいる」という者であることを知るようになる。
7いかに美しいことか
_山々を行き巡り、よい知らせを伝える者の足は。
_彼は平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え
_救いを告げ
_あなたの神は王となられた、と
___シオンに向かって呼ばわる。
8その声に、あなたの見張りは声をあげ
_皆共に、喜び歌う。
_彼らは目の当たりに見る
___主がシオンに帰られるのを。
9歓声をあげ、共に喜び歌え、エルサレムの廃墟よ。
_主はその民を慰め、エルサレムに贖われた。
10主は聖なる御腕の力を
___国々の民の目にあらわにされた。
_地の果てまで、すべての人が
___わたしたちの神の救いを仰ぐ。
〈主の来臨の希望〉
_アドベントに入りました。楽しい日がやってくるのをわくわくした気持ちで過ごすわけです。しかし一方でクリスマスを待つ、救い主の誕生を待つことはもう少し切羽詰まったイメージもあると思います。
_イザヤ書52章はイスラエルの民に奮い立てと励まします。イスラエルの民は長い間、バビロンに囚われの民として過ごしていました。祖国を奪われ外国に連れ去られ屈辱を味わっていることでしょう。そんなおり支配国がペルシアに代わのその王キュロスは囚われの民が祖国へ帰ることを許します。イザヤはこれは神様の導きでありエルサレムに帰って街を再建しようと呼びかけます。
_しかし民の中にはいざとなってバビロンで生活できないわけではないしエルサレムに帰っても無事に生活できる保証はないからとひるんでしまいます。イザヤは神様がチャンスをくださったのだからこれからも神様を頼っていけばよいと励まします。
_私たちは先を見通して安心して生活をするために財を蓄えたり確かな人脈を作ったりします。ともすると自分を曲げてまでも安心を得ようとすることがあります。このような中、見通しがなくとも自分を通して生きてみようと呼びかけているのがイザヤではないかと思います。
_イエス様は社会の底辺であえいでいる人を訪ねられます。そしてこれらの人が顧みられないことに憤られます。本音と建前を使い分け神様に頼っているようで実はそうではなく財力や人脈、権力に頼る人たちを痛烈に批判します。そして十字架にはり付けられ殺されます。イザヤの呼び掛けも人の目には失敗かもしれません。
_しかし、・あなたがこんな生き方をしているのはおかしい。こんなことを認めるくらいならたとえ殺されたっておかしいと言い続ける・と言ってくれる人を待っている人は大勢いるのではないでしょうか。イザヤの時代にも囚われの中で十分生活できる人もいればそうでない人もいたことでしょう。こういった状況は皆が神様の前に正直に生きるなら違う状況になるはずとイザヤは考えたことでしょう。
_クリスマスを待つとき、きっと切羽詰まった状態で、あなたは担いきれない困難を背負わされている助けられるべきだ、と力強く宣言してくれる人を待っている人が大勢いることでしょう。クリスマスを待つときは目に見えるもので安心することだけを考えないで、目に見えないお方が望まれていることに心を澄まして感じ取るときでもあります。ここにはたくさんの希望があることでしょう。
聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
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