2013年08月05日
聖霊降臨節第12主日/平和聖日〈苦難の共同体〉。
東日本大震災発生
2011年3月11日(金)午後2時46分から
2年4か月25日です。
2011年3月11日(金)午後2時46分から
2年4か月25日です。
2013年8月4日(日)
聖霊降臨節第12主日
平和聖日
使徒言行録20章17〜35節平和聖日
2017パウロはミレトスからエフェソに人をやって、教会の長老たちを呼び寄せた。18長老たちが集まってきたとき、パウロはこう話した。「アジア州に来た最初の日以来、わたしがあなたがたと共にどのように過ごしてきたかはよくご存じです。19すなわち、自分を全く取るに足りないものと思い、涙を流しながら、また、ユダヤ人の数々の陰謀によってこの身に降りかかってきた試練に遭いながらも、主にお仕えしてきました。20役に立つことは一つ残らず、公衆の面前でも方々の家でも、あなたがたに伝え、また教えてきました。21神に対する悔い改めと、わたしたちの主イエスに対する信仰とを、ユダヤ人にもギリシア人にも力強く証ししてきたのです。22そして今、わたしは、〝霊〟に促されてエルサレムに行きます。そこでどんなことがこの身に起こるか、何も分かりません。23ただ、投獄と苦難とがわたしを待ち受けているということだけは、聖霊がどこの町でもはっきり告げてくださっています。24しかし、自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、この生命すら決して惜しいとは思いません。
25そして今、あなたがたが皆もう二度とわたしの顔を見ることがないとわたしには分かっています。わたしは、あなたがたの間を巡回して御国を宣べ伝えたのです。26だから、特に今日はっきり言います。だれの血についても、わたしには責任がありません。27わたしは、神の御計画をすべて、ひるむことなくあなたがたに伝えたからです。28どうか、あなたがた自身と群れ全体とに気を配ってください。聖霊は、神が御子の血によって御自分のものとなさった神の教会の世話をさせるために、あなたがたをこの群れの監督者に任命なさったのです。29わたしが去った後に、残忍な狼どもがあなたがたのところへ入り込んで来て群れを荒らすことが、わたしには分かっています。30また、あなたがた自身の中からも、邪説を唱えて弟子たちを従わせようとする者が現れます。31だから、わたしが三年間、あなたがた一人一人に夜も昼も涙を流して教えきたことを思い起こして、目を覚ましていなさい。32そして今、神とその恵みの言葉とにあなたがたをゆだねます。この言葉は、あなたがたを造り上げ、聖なる者とされたすべての人々と共に恵みを受け継がせることができるのです。33わたしは、他人の金銀や衣服をむさぼったことはありません。34ご存じのとおり、わたしはこの手で、わたし自身の生活のためにも、共にいた人々のためにも働いたのです。35あなたがたもこのように働いて弱い者を助けるように、また、主イエス御自身が『受けるよりは与えるほうが幸いである』と言われた言葉を思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました。」
〈苦難の共同体〉
「苦難の共同体」と本日の主日は決められています。皆が苦難を持ち寄って集まってくるなんて何か暗いイメージを持ってしまいます。私は苦難を持ち寄ることは神さまに支えられる明るさがあると信じます。パウロさんはミレトスから船出する前にエフェソに人を使いに出してエフェソの教会指導者何人かをミレトスに呼び寄せます。50キロ程離れているそうですからずいぶんと迷惑な話です。そこまでして伝えたかったことの一つは、パウロさんがエフェソで自分が出来る限りのことをしたからあとは神さまとエフェソの信仰者、特に呼び寄せた指導者に委ねるということです。自分には負うべき責任は何もないというほどやりきったと言い切っています。指導者たちは大きな責任を負わされることになりました。
一方でパウロさんはエフェソの教会に外側からと内側からと乱す者が現れて混乱すると予告しています。責任を追わせながら良い結果にはなりませんよ、と予告することにどのような意味があるのでしょうか。実はここに伝道の大切な点が表されていると思うのです。努力をするのに結果出ない、これはまさに苦難です。報われる努力は苦難とまで言うこともないでしょう。
私たちは生きていく中で、大切なことだからと思い、あるいは神さまの導きを感じるから、心の底から強く願っていることだから、このような理由で何かに取り組みます。しかし目に見えては良い結果を得られない、こんなことがあります。そしてこのようなことが続くのは苦しいです。でも、よく考えると本当に大切だと思えることや、神さまの導きだと感じられること、心の底から願うことが、そうそう簡単に得られることでしょうか。このようなことに出会うことがすでに恵みです。そして神さまはきっと寄り添ってくださっています。せっかくそうそう得られない恵みをいただいたのに、目に見える結果が出ないからと言って捨ててしまうのは残念なことです。
苦難を持ち寄る共同体、それは神様からもらった困難ではあってもすばらしい恵みを持ち寄る共同体です。イエス様も私たちが罪ゆるされて生きることを願われ結果は十字架に釘打たれ殺されました。それでもイエス様は最後まで神様からいただいた恵みをしっかりと持っておられました。
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この日は平和聖日でした。
昨年、一昨年は特に何もできませんでしたが、今年は「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」をし九州教区が送ってくださったリーフレットより交祷を用いることができました。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
聖霊降臨節第17主日〈隣 人〉
聖霊降臨節第16主日〈教会の一致と交わり〉
聖霊降臨節第15主日〈究極の希望〉。
聖霊降臨節第14主日〈忍 耐〉。
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Posted by C3 at 10:24│Comments(0)
│礼拝式報告